魔法のチケットを手にレッスンに臨む
今、私の中で、ディズニー映画一日一本鑑賞キャンペーンを実施しています。
アナ雪から始めて、ベイマックス、モンスターズインク、トイストーリー、ラプンツェル、と続けて見てきました。
ディズニー映画は子供たちとの共通言語を作る、魔法のチケットです。
そもそも、何故、私がこの一人キャンペーンをはじめようと思ったかというと、一人の生徒をレッスン中に泣かせてしまったからです。
その子は最近、ピアノの面白さに目覚めたのか、自宅での練習量も増え、レッスンに来るなり自信満々で練習曲を披露してくれました。
楽譜通り、とても上手に弾けていたのですが、幼児にありがちな鍵盤を力任せに弾く癖が気になった私は、そこを指導しようと思いました。
本人の弾き方を真似したものと、脱力して弾いたものを演奏し、どちらがきれいか? 考えさせようとしたのですが……。
自信満々に弾いたものを否定された、と捉えた彼は、すっかりやる気を失くし、いじけて大泣きしてしまいました。
その後、「とても上手に弾けていたから、もう少し優しく弾いてみて」と言葉で説明しても後の祭り。
幼児には「優しく」とか「力を抜いて」とかいう表現を言葉や手本で考えさせるのは、わかりにくいことだったのです。
「どうしたら角を立てずに、子供にもわかりやすく表現が教えられるだろう?」
と考えているうちに、彼はディズニー映画が大好きで、アナ雪2を見た直後などは、主題歌を一度で覚えてうたっていたことを思い出しました。
「よし、ディズニーのキャラクターで例えて表現を教えよう」
そう思った私は、ふとある事実に気づきました。
「ストーリーもキャラもほどんど覚えてない!」
ディズニー映画を最後に観たのは、おそらく高校生の頃。
何の映画だったかは、もはや記憶にありません。
「やばい! 世界の子供たちの一般教養であるはずのディズニーに関してあまりにも無知すぎる」
映画のタイトルくらいはおぼろげにわかるものの、どのキャラがどんな性格でどんな話が展開されているのかがまったくわからない。
ストーリーを語れるのはシンデレラと白雪姫、美女と野獣くらいです。知識がほこりをかぶっている……。
アナ雪? 雪の話だろ? アナとエルサは姉妹で、あとオラフが雪だるま!
歌はうたえるよ。(←私の知識の限界。)
うーむ。子供たちに言わせれば、「お話にならない」状態。
表現を教える前に、情報のアップデートが必要と思った私は、早速ディズニープラス(ディズニー公式動画配信サービスアプリ)をダウンロードしたのでした。
改めて、ディズニー映画を見てみると、そのキャラの多様性に驚きました。
特にプリンセス像が昔よりだいぶ変わっている。
明るく、天真爛漫、おしとやかで心優しく、美しい、というステレオタイプなプリンセスはもはや時代遅れになっているのでしょう。
先日、早速、思いつく限りの想像力と新旧入り乱れたディズニーの知識を駆使して、レッスンで表現を教えることにしました。
幼児で1週間に5曲の新曲を弾く、という驚異のスピードで自習してくる彼に、
「今から君に魔法をかけます!」と宣言。
「アブラカタブラ~……(やはり表現が古い。)エルサになーれ! エルサが舞踏会で踊っているように弾いてみて!」
ワクワクスイッチオン。
瞬時に優雅な手の動きに変わります。
1週間前に泣いて怒っていたのが嘘のように、超ノリノリ。
細かいミスもありません。
その後、
「オラフが行進するように」
「シンデレラのカボチャの馬車をひく馬のように」
「トイストーリーのおもちゃが箱から出てきてワーイ! って言ってるように」
「アースラ(リトルマーメイドの魔女)のようにおどろおどろしく」
と、続けて魔法をかけていきました。
そして気付けばほぼ30分、ピアノだけを弾き続けてレッスンは終了したのでした。
ピアノのレッスンって「生徒のミスや悪い癖を先生が修正していく」という形が一般的なように思います。
私もずっとその形のレッスンを受けてきたので、それが当たり前だと思っていました。
でも、そういうレッスンをずっと受けていると、どんどん自尊心が削られていくように思います。
生徒は思考停止に陥り、先生に言われた通りに弾く、ただの作業員になり果ててしまいます。
そうではなく、生徒自身が考えて表現できるような、創意工夫する余地を与える言葉かけは、その生徒の自尊心を育て、練習のプロセスをも楽しめる魔法をかけてくれるのではないでしょうか。
ディズニーのキャラクターというイメージしやすい共通言語を使うことで、「優しく、でも芯を持って、美しく、はつらつと、元気に」と抽象的な言葉を多用するよりも、はるかに分かりやすく、たくさんのニュアンスを伝えることができます。
まだ、私の持っている魔法のチケットの数は少ないですが、これから徐々に増やしていきたいと思いました。