Poco a poco

元音楽療法士、現音楽講師の音楽考。

音楽療法とは何だったのか

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音楽療法士をしていた頃のことを書いてみます。

私は大学を卒業してすぐ、精神科の病院に入職しました。そこでは主に重度認知症の高齢者を対象とした音楽療法をしていました。

「回想法」と呼ばれる、歌唱を中心としたグループセッションや作曲等を行う個人セッション、レクリエーション要素の強い大集団の音楽療法セッションなど、さまざまな形で音楽療法をさせてもらえました。

特に、歌唱の反応は良く、毎回「心の洗濯をしました」と言われるクライエントの言葉が大好きでした。

そんなわけで、今日は「音楽療法とは何だったのか?」を掘り下げてみたいと思います。

 

音楽療法はぶっちゃけ、金になりません。

客寄せパンダ的な存在で、「音楽療法やってます!」とその施設が宣伝する道具に成り下がっている感はあります。

しかも、国家資格でも何でもないので、自称で音楽療法士を名乗ることも可能です。

これらもろもろの理由から、「音楽療法士」と名乗るのが嫌になった、というのが辞めた理由の一つです。

音楽療法士を辞めてしばらくは「音創人」と名乗っていました。怪しい…(笑)。

 

だからといって、効果がないか、というと、それは違います。

効果があるからこそ、様々な現場で取り入れられ、人気があるのです。

音楽療法をしていると、本当に「奇跡なんじゃないか」と思えるようなことが、頻繁に起こっていました。

当時は「怒り」とか「悲しみ」とか、自分のことで精一杯で、見えなくなっていたことが多かったのですが、今振り返ると、クライエントが流した涙や吐露した感情、言葉はとても切実で、美しいものだったのだなあと思います。

結局、高齢とか病気とか回復の見込みがないこととか、そういうものの重みに耐えられなくて、逃げ出すように辞めてしまっただけなのかもしれません。

 

音楽療法というと、とてもライトなものの受け取られ方をすることが多いのですが、実際はかなり泥臭く、人生の深淵を覗くような仕事だと思います。

 

…掘り下げようとしたけど、今はこれが限界でした。

あと、20年ほど生きたら、現場復帰できそうな気がしています。